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信仰に支えられた日野原先生のご生涯

「『シャボン玉とんだ』という歌知ってるかい。野口雨情という人がいてね、その人の子どもが10歳くらいで病気で亡くなったの。子どもたちには、幼くして死んだあの子のようになってほしくないという思いで、この歌を作ったんです。生命は誰にとっても大切です。平和というのはその生命を大切にすることです。今はまだ戦争が続いているけど、みんなが大人になったときには、世界中の人がしゃぼん玉が消えないように、生命を大切にしましょうと言って手を結ぶようになってほしい。平和運動というのは、生命を大切にするそういう運動です。生命は心臓にあるんじゃないよ。生命があるということは、自分に使える時間があるということ。自分のためだけにそれを使うか、人のために使うか。それを考えるのが皆さんの課題です。」

今から10年前の2007年、95歳の日野原重明先生は自由学園を訪れ、初等部の子どもたちに「生命(いのち)」についての授業をしてくださいました。実に日野原先生のご生涯は人のために、そして神様のために捧げられたものでした。

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2005年3月の自由学園卒業式では先生から卒業生へのはなむけのお言葉をいただきました。

羽仁もと子先生の晩年の主治医のお一人であった先生は、まず「皆さんの中の誰よりも私は創立者の羽仁夫妻について知っているでしょう」と語り、創立者の思想、友の会の活動の価値について熱を込めてお話しくださいました。

また自由学園の教育については、「羽仁翹先生の素晴らしい著書『よく生きる人を育てる〜偏差値より人間値』の哲学が日本中に広まり、自由学園が日本の教育界のリーダーシップをとることを願います。自治的生活を通じ教育の自由に挑戦し、体験を通じた学びを創立以来実践してきた自由学園の方法を日本に広げるために、学園はもっとPRすべきです」とエールをお送りくださいました。この日のお話は以下のような内容でした。

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「いくら健康な体と脳の働きがあっても、そこに精神がなければドライブはかかりません。精神という霊的なものは目に見えませんが、みなさんはこの学園生活を通して、目に見えない大切なものを体で学ばれたと思います。『星の王子さま』の一節にも「もっともよいものは目に見えない」とあります。偏差値は目に見えますが、「人間値」は目に見えません。

思想しながら、実践しながら、そして祈りながら生きる。羽仁もと子先生がこのように立案されましたが、中でも大切なのが、「祈りながら」生きることです。祈りながら生きるということは、目に見えないものを目指すということです。宗教の言葉でいえば信仰を持って生きるということです。

キリストの精神は「先に与える」ということです。何を得るかではなく、何を与えるかを先に考えるべきです。時間、お金、ノウハウ、情熱、何を与えるかはその人次第ですが、それらを与えることがキリストの精神による隣人愛につながる考え方だと思います。

卒業後は何が本当に大事なものか、見分けながら前進しなければなりません。皆さんは古い人が考えられないような新しいアイデアや情熱を与えることができる教育を、生活を通じ実学を通じこの学園で受けたのですから、自信をもって勇気をもって社会にダイビングしてください。どんなことにぶつかっても、生きがいある生き方を求めることを忘れずに。失敗してもその失敗の悲しみを経験したことによって感受性は強くなっていくのです。

最後にこの聖句を皆さんにお贈りします。この言葉を身につけた人になってください。信仰が必要となる日のために卒業後も聖書を身近に置いてください。

「私はこう祈ります。知る力と見抜く力とを身につけて、あなたがたの愛がますます豊かになり、本当に重要なことを見分けられるように」(フィリピの信徒への手紙1章9〜10節)

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体の健康を訴え続けてこられた先生が、健康な体や脳の働き以上に、神を信じ導きを祈る信仰の力こそが大切であるとおっしゃったことは、「知識や技能がいくらあってもそれは使用人に過ぎない。大切なのはそれを使う人間の信仰心」というもと子先生の言葉と重なり、印象深く心に残りました。

日野原先生の霊が神様のもとで安らかに憩われることを、感謝とともにお祈りいたします。

 
 


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